夏 に 飲 ん だ あ の ホ ッ ト コ コ ア は
甘 っ た る く て 、 暑 苦 し く て 、
ま る で あ ん た み た い だ と 思 っ た 。
真 夏 の ホ ッ ト コ コ ア
暑い夏休みが終わり、新学期が始まった。
夏はまだここに残っていて、暑い日々が続いている。
新学期になってこれと言って変わった事は何もないけれど。
変わった事と言えば、3年の先輩達が引退した事くらい。
でも先輩達はよく練習に顔を出しているし、変わったという感じはあまりしない。
忍足先輩や芥川先輩は相変わらずからんでくるし、正直うっとおしい。
練習を終え、体育館の前の自動販売機で飲み物を買った。
部室に戻り、誰もいない更衣室の椅子に腰をかけて休んでいた。
外からはまだセミの鳴き声や他の部の話し声が聞こえた。
足を少し伸ばし、首にかけたタオルを取り、顔の汗を拭いた。
さっき買った缶を開けて飲もうとした瞬間に、更衣室のドアが開いた。
俺はとっさに伸ばしていた足を元に戻し、体勢を整えた。
「日吉〜!こんな所にいたの?探したよ!」
「………鳳か。」
「探してたのにそんな言い方はないだろー…。」
「練習後くらい静かに休ませろ。」
「もー…相変わらず冷たいなぁ、日吉は;」
「用件はなんだよ?」
「監督が探してたよ。練習内容がどうとか言ってた。」
「そう言う事は早く言えよ……判った。」
「…日吉さ、よくこんな暑いのにココアなんて飲めるよね、それホットでしょ?」
「何を飲もうと俺の勝手だろ。お前に指図される筋合いはない。」
「別にそういう意味で言った訳じゃないって;
あ、そう言えば先輩もよく飲んでたよね、ココア。」
「先輩?」
「ちょっと日吉、もしかして忘れたの?!先輩だよ、先輩!」
「……あぁ、先輩か。」
「先輩も暑いのによく飲んでたよね〜ってちょっと待ってよ日吉!」
「監督が呼んでるんだろ?お前と無駄話してる暇はないんだよ。」
立ちあがり、何か言ってる鳳を無視して更衣室を後にした。
買ったココアも結局飲まず終いで、更衣室の机に置きっぱなしにしてきた。
芥川先輩や向日先輩が来ていれば黙って飲むだろう。
監督が呼んでいるらしいから、音楽室に行かなくてはならない。
あいつのせいで、またあの人の事を思い出してしまった。
必死で記憶から消し去ろうとした、あの人の事を。
…本当は、忘れた事も消し去ろうとした事も一度たりとも無い。
俺はどうしてもあの人が苦手だった。
「お疲れ、日吉君。」
「お疲れ様です。」
「どうしたの?元気ないぞ?」
「別にいつも通りですよ。」
「そお?あ、じゃあ今日みんなでファミレス寄るんだけど日吉君もどお?」
「俺はいいです。いつも言ってるじゃないですか、俺そういうの苦手なんです。」
「だっていつも日吉君だけいないと仲間はずれみたいじゃない。」
「別に自分から断っているのでそれで構いません。」
「日吉君が良くても私が良くないよー…。」
「先輩は俺なんかに構わず行ってきて下さいよ。」
「…判った。じゃあ今度は行こうね?私おごってあげるからv」
「いいです。人におごられるのは負い目を追うみたいで嫌なんで。」
あの人、先輩はひとつ上の先輩で忍足先輩が連れてきたマネージャーだった。
やたら面倒見が良くて部員からも親しまれていた。
今は忍足先輩と付き合ってるとかなんとか鳳が言っていた気がする。
男女の誰からも好かれていて、人に好かれない俺からすれば、少し珍しい人だった。
レギュラーでどこかに遊びに行くと言えば、必ず俺に声をかけてきた。
他の人達は俺は絶対に行かないと判っているのに、先輩だけは判っていなかった。
判っていなかったと言うよりも判ってて誘っていたのだと思う。
練習後もレギュラー全員に気を配っていたから、俺にも声をかけてきた。
真夏の暑い日に話しかけられて昨日のTVの話とかをされると、正直暑苦しかった。
俺は礼儀で誰にでも優しくて気を配る人は好きじゃなかった。
俺に話しかけてきたすぐ後に忍足先輩や鳳と楽しそうに話していた。
誰が見たって礼儀だとすぐに判る。
「もしもし?日吉君?」
「はい。」
「今、電話して平気だった?」
「別に平気ですよ。」
「良かった、ほら…今日の練習中少し調子が悪いみたいだったから…。」
「別に悪くないですよ。」
「本当?だって跡部君たちも言ってたよ、体調悪かったんじゃない?」
「…用件はそれだけですか?」
「それだけってヒドいよー…;心配して電話したのに。」
「練習中にミスした事は反省してますよ。」
「私は責めてる訳じゃないって!」
「余計な心配はいりませんよ。だから用件はそれだけですか?」
「…うん。」
「じゃあ切りますよ?」
「えー!!せっかく電話したのに;」
「心配をかけた事には謝ります、長電話は好きじゃなのでこれで失礼します。」
俺はいつでも、先輩に心を読まれているようで嫌だった。
その日だって本当は熱が少しあったのだけど、
大会も近いし黙って練習に出ていた。
何かあれば練習後に聞かれたり、電話がかかって来たりした。
メールもアドレスを教えた覚えは無いのに来ていた(きっと鳳か誰かが教えたんだろう)。
去年の誕生日にメールが着た時は本当に驚いた(誕生日だって教えた覚えは無い)。
そしてプレゼントと言って変なキャラクターのぬいぐるみをもらった。
俺に似ているとか訳の判らない事を言っていた。
家に持って帰ると母さんと兄さんに「彼女から?」とからかわれて恥ずかしい思いをした。
…どうせ電話の後には俺の事なんて忘れてすぐ寝るんだ。
「日吉君はどんな音楽とか聞くの?」
「…練習中の私語はやめてください。」
「少しくらいいいじゃない。少しはリラックスしないと。」
「部長に怒られるのは俺なんです。」
「跡部君に怒られたら私が悪いって言っていいよ。」
「そんな無責任な事を言われても困ります。」
「平気だよほら、侑士だってさっきから岳人としゃべってばっかじゃない。」
「よく見てるんですね。」
「えッ?別にそんな事ないよっ////」
「俺は忍足先輩とは違うんで。
先輩こそ、練習中にジュースなんて飲んでていいんですか?」
「あちゃ、見つかったか;」
「そんな堂々と飲まれると嫌でも目に付きますからね。」
「別に堂々してるつもりはなかったんだけど…日吉君も飲む?見逃して?ねv?」
「結構です。言いつける気はないんで安心して下さい。」
先輩は忍足先輩の事が好きだった。
本人から聞いた訳じゃないけど、仲が良かったし態度で誰が見ても判った。
忍足先輩もきっとこの時から先輩が好きだったんだと思う。
さっさとくっ付いてくれれば俺が先輩と話さなければいけない回数は減ったのに。
俺に話しかけてきた後に忍足先輩と楽しそうに話している先輩を見ると、
俺には礼儀で話しかけてるんだとすぐ判った。
俺と話してても楽しくないと判っているんだから、話しかけてこなければいいのに。
その方が俺も気が楽だ。
俺のことなんてどうでもいいくせに……腹立たしい。
「お疲れ様!はい、差し入れ!」
「…いくらでしたか?」
「差し入れにお金なんて取らないよ;」
「人から物をもらうのは負い目を追うので嫌いなんで払います。」
「いいってばもうー…私も飲んでるし、気にしないで。」
「………この暑いのにココアですか?」
「え?日吉君はココア嫌い?」
「別に嫌いだと言っている訳じゃないんですけど。」
「おいしいよ、糖分はスポーツに必要なんだよ!」
「よく聞きますけどね。効果はあるかは別として。」
「きっとあるよ!これで次の試合に勝てるよ!」
「はは、これで勝てるなら練習なんてしませんよ。」
「……………」
「あ、気分を悪くしましたか?礼も言わずに好き勝手言ってすいませんでした。」
「違、違うよ。今…日吉君少し笑ったから…」
「は?」
「日吉君も笑えるんだね!良かった、私日吉君は笑えない子かと思って心配してたんだよ?
ちょっとみんな聞いてー!今、日吉君が笑ったよーー!!」
「や、やめて下さいッ、笑ってなんてないですよ!!(あんたを鼻で笑ったんだ)」
「日吉君が笑ったよーーーー!!」
「ちょ、大きな声でやめて下さいよ!!!誤解されるじゃないですか!!」
騒がしい毎日だった。
レギュラー全員に同じように接しているくせに。
俺の前に向日先輩に同じ物をあげていたのを知っているんだ。
補欠の俺なんかは気にかけてくれる必要はないのに。
あの日もらったホットココアは熱くて、はっきり言って練習後に飲む物ではなかった。
糖分がどうとか言っていたけれど、俺は甘い物はそんなに好きじゃなかった。
ホットココアは甘くて、先輩みたいに暑苦しかった。
そんな先輩達との騒がしい日々が、こんなに早く終わるなんて思ってもいなかった。
『ゲームセット!!ウォンバイ越前!!ゲームカウント、6ー4!』
生涯、俺はあの日を忘れる事はないだろう。
自分の弱さが原因で、試合に負けた。
あの試合に負けて氷帝は全国への道が絶たれた。
俺のせい、で。
責められた方がどれだけ気が楽だったか。
全員に「お前のせいだ」と指をさされたら、俺は素直に「すいません」と謝る事が出来たのに。
誰かに殴ってもらえたら、俺はあんな試合笑い飛ばしてやれるのに。
青学との試合が終わった後、俺はレギュラーの輪から一人抜けて
本部らしき建物の裏のベンチに座っていた。
真夏の太陽が頭を押し付けるように眩しかった。
下を向いてさっきの試合の余韻の残る呼吸を整えていた。
汗が地面に落ちてにじんでいった。
気がつくと靴の紐がほどけそうになっていた。
…一人になりたかった。
あの場にいたって誰一人俺を責めないから、余計に俺には酷だった。
弱いんだ、結局は俺は弱いちっぽけな人間なんだ。
要は逃げたんだ。
ラケットもどこかにほったらかしにしたままで、ユニフォームも着たままだった。
傍を通る奴がいれば、氷帝の人間だとすぐに判るだろう。
さっきの試合で無様に負けたやつだと笑えばいい。
「日吉君!いた!」
「……、先輩?」
「良かった…どっか行っちゃったかと思った…探したよ。」
慌しい足音に気がつき顔をあげると、先輩が息を切らして立っていた。
俺を探してたとか言うのは本当かは知らないけれど。
「今は一人になりたいんです、ほっといて下さい。」
「日吉君、」
「…なんですか?人の話聞」
「お疲れ様。」
そう言って先輩はいつも通り笑った。
俺が期待していた様な、試合に負けた俺を馬鹿にして笑う笑い方ではなくて、
いつも練習が終わった時と同じように、俺がずっと苦手だったあの笑顔で。
そして見た事のある缶を目の前で開け、差し出した。
甘い匂いがした…いつだかのあのココアだ。
俺は手を伸ばす事が出来なかった。
心 の 中 が 、 も う め ち ゃ く ち ゃ だ 。
「…やめて下さいよ、俺は負けたんです。」
「そんなの関係無いよ。はい、これ差し入れ。まだ温かいよ。」
「…何なんですか?俺を笑いに来たんですか?」
「そうじゃないよ、私はただ」
「迷惑なんですよ…そういうお節介。
いやですね、マネージャーってやつはそういう役割があって。
負けて無様な部員を笑顔で励まさなくちゃならないんですよね。」
「何言ってるの?私そんな風になんて思ってないよっ!」
「笑いたきゃ笑えばいいじゃないですか!責めたきゃ責めればいい!
もうウンザリなんですよ、あんたのそういうの。
どーせ他のレギュラー陣だって今頃俺の事を責めてるんだろ。」
「…どうしてそういう事が平気で言えるの?みんながそんな事する訳ないでしょ?!」
「もうほっといて下さいよ!!俺は一人になりたいんだ!
あんたは忍足先輩の所にでも行ってりゃいいんだ!」
「………なんで今、侑士が出てくるの?私は、日吉君を心配して来たんだよ…?」
「…………迷惑ですから。」
「…………判った、もう行くね。
来年は……絶対に全国に行ってね。」
そう最後に言った声が、少し震えていた。
俺は下を向いてあの人から逃げた、目を見て話すのが怖かった。
先輩は黙って俺に背を向けて去った。
去り際に思い出したかのようにさり気なくココアを俺の横に置いていった。
腹が立った、腹が立って死ねるなら今だ。
腹立ち紛れに自分の座っているベンチを思いっきり殴った。
その瞬間、手に響いた痛みと共に、しまったと思い我に返った。
先輩が置いたココアの缶がバランスを崩して倒れた。
受け止めようとしたけれど間に合わなかった。
そして缶は転がりベンチから落ちた。
ココアは地面にこぼれてしまった。
空になった缶が音を立てて地面に転がった。
俺は、ベンチからポタポタと垂れる茶色い液体をじっと何も考えず眺めていた。
そっとその液体に触れてみた。
冷たい指先で触れたこぼれたココアは、とても温かかった。
指先から温かさを全身に感じた。
そして、それよりも温かい何かが心の中に広がった。
そして、まぶたの裏が熱くなっていくのが判った。
試合に負けたのが悔しかった、
弱い自分が悔しかった、
仲間達の優しさが優しすぎた、
自分のせいにして一人逃げた自分が許せなかった、
自分の未熟さゆえにあの人を傷つけた、
も う 何 が な ん だ か わ か ら な い 。
怖かった、全てが無くなりそうで。
指先に触れるココアが、だんだんと冷たくなっていくから。
あの人が俺を笑いに来たんじゃない、心配して来たんだ…そんな事判っていたのに。
ずっと前から、ずっと前からそんな事判っていた。
判っていて、本当は嬉しかった、義理だとしても嬉しかったんだ。
初めて触れる人の優しさに俺は戸惑いが隠せなかった。
拒否することでしか、その優しさが受け取れなかった。
いつも、いつも、俺の事を本気で心配しているあの人。
あの人にずっと言わなきゃいけない言葉があった。
いつだってその言葉は頭では判っていたけれど、心が素直になれなくて、言いだせなかった。
子供過ぎた意地と
大人びたプライドが…邪魔していたんだ。
温かいものが、俺の頬を伝った。
ふと、地面に転がる缶を手に取った。
手応えを感じた、少しだけ中身が残っていた。
汚いか…?
でも俺はそんな事は気にせず、口に運んだ。
缶の中に残るまだ温かいココアを飲み干した。
頬に伝わる温かいものは、しばらく止まらなかった。
「日吉!監督なんだって?」
「いちいちうるさい奴だな。お前には関係ないだろ。ついてくるなよ。」
「ちょっと〜;少しは協力してやろうよ…;俺そんなに頼りない?」
「ああ。」
「…………ヒドイや;」
「三年の先輩達はもう帰ったのか?更衣室の鍵を早くしめたい。」
「あ、うん。今日は跡部さんも来てたよ!」
「ふーん…あの人も暇なんだな。」
「素直に喜べばいいのに…;あ、あとさっき先輩も来てたよ。」
「……?」
「引退から一回も来た事なかったじゃん?しかも校舎違うから会う機会ないしさ;」
「お前会ったのか?」
「うん!なんか差し入れ持ってきてくれたみたい☆あとで日吉も食べようよ。」
「俺はいい。お前もさっさと着替えろよ、早く鍵をしめたいんだよ。」
「あれ?もしかして着替えてないの俺だけ?ちょ、ちょっと待ってよ!」
監督に呼ばれていて助かった。
今更あの人に合わす顔なんて俺には無い。
もし…
部活だとか、先輩後輩とか、部員とマネージャーだとか、男とか女とか、
そういう面倒なのを関係なしにもう一度あの人に出会えたら、
俺は少しでも素直になれただろうか。
いや、それでは意味が無い。
まだ俺はあの時と何ひとつ変わっちゃいない。
だから、もう少し経ったら……それはいつだろう、
先輩達が卒業する時か?それじゃ形式的で駄目だ。
そうだ、あの人の言った通り来年、全国大会に行った時でいい。
氷帝は必ず全国に行く。
その時は俺は必ず言えるだろう。
あの時傷つけた事、100の「すいませんでした」を1のこの言葉に変えて返そう。
あの時、いや…いつも言えなかったこの言葉を。
「ありがとうございました。」と…
夏 に 飲 ん だ あ の ホ ッ ト コ コ ア は
甘 っ た る く て ・ ・ ・ で も 、 と て も 温 か く て 、
ま る で あ ん た み た い だ っ た 。
END
氷帝が推薦枠で全国に行ったという公式設定を完璧に無視しています(汗)
こういう思い出を降りかえる系の話は前からネタがあって、ずっとやりたかった。
でも若のひねくれ感と最後のココアこぼす辺りがうまく書けなくてずっとUPできなかった。
別に若は恋愛感情があるとか、そういう訳じゃないんですよ。
自覚してるかしてないかは別で、一人の人間として見てる感じ。
なんだか全体的に若のキャラじゃない気もしますが…今に始まった事じゃないので許してください。