ない、ここにもない。
ない、ここも違う。
私の大切なモノが、見つからない。
どこを探しても、どこを探しても見つからない。
ねぇ、どこにあるの?
いじわるしないでよ、みんないじわるだ。
私の大切なものが、見つからない。
私の大切な、大切な……ねぇ、どこにもないよ。
雨上がりの虹をどうか君に
しゃがみ込んで、教室のごみ箱をひっくり返した。
誰が捨てたか判らないプリントの山が辺りに散らばった。
ためらわず両手でそのプリントを掻き分けた。
だけどプリントが音を立てて散らばるだけで、何も出てこなかった。
「さん、そこはゴミしかないよ…?」
ゴミ箱の前でしゃがみ込む私の後ろで、誰かが声をかけた気がする。
気がつけば目の前には汚いプリントが散乱していた。
思わず胃液を吐きそうになった。
そう言えばここ何日も食べていない気がする。
きっと胃袋の中が空っぽなのだろう。
まぶたが重たかった。
そう言えばここ何日も眠っていない気がする。
今はそんなのどうでも良かった。
私はプリントの山をほったらかしにして、立ち上がり教室を後にした。
スカートに灰色のほこりが沢山ついてたけど、気にはならなかった。
「おい、誰が掃除すんだよー、拾えよ」
「やめなって…」
「てかあの子まじでヤバいんじゃない?」
「仕方ないよだって」
「邪魔だ、どけ」
「なんだよ!!!!!…うわっ、跡部だ…」
私には大切なものがあって、最近それをどこかで落としてしまった。
なんて自分は愚かなんだろう…手を離さず持っていたはずなのに。
大切に大切にしていたのに、どうして。
どこで落としたかも思い出せなくて。
友達や周りの人に聞いても、みんな知らないとしか言わない。
ひどい人はもう見つからないよと呆れて言う。
机の中も、ロッカーも、教室は全て探した。
理科室や音楽室だって、保健室だって探した。
体育館だって、校庭だって、ちゃんと探した。
あとは、
「おい、。お前…部外者だろ?コートで何やってんだよ。」
「…跡部君?」
「誰の許可取ってコートに入ってんだよ。しかもまた革靴で入ってやがる。」
「あ、ごめん。」
「今日は練習が休みだからいいもの、監督にバレたら俺が怒られんだよ。」
「うん、判ってる。すぐ終わるから、もうちょっと…。」
テニスコート、ここにならあると思った。
根拠はなかったけれど、なんとなく…勘ってやつかな。
私はよくここに遊びに来ているし(遊びになんて言ったら怒られるけど)。
無断で、しかも革靴で入ったのがまずかったらしく、また跡部君が怒っていた。
革靴で入るなとかいうけど、榊先生は普通に革靴じゃん、いつも。
練習は休みみたいだけど、ジャージを着てるから個人練習とかかな。
相変わらずだな…この人は。
はクラスメイトだった。
他のレギュラーと仲が良かったし、
よく練習にも来ていた(よく追い出していた)から俺にも面識があった。
つまんねぇ事で笑うし、どうでもいい事で泣く変な奴だった。
クラスでは目立つ方ではなかったけれど。
最近は…何か追い詰めたように探し物をしている。
前みたく笑ったり泣いたりする事もなくなった。
練習を邪魔しにくる事もなくなった。
クラスの奴も変に思ってやがるし、完璧に浮いていた。
「ねぇ、跡部君。私の大切なもの…見なかった?ここになかった?」
「大切なもの?……見てねぇな。」
「本当に?ここにならあると思ったんだよ、もうここしか考えられなくて。」
「ここは毎日1年が掃除している。何かあったらすぐ見つかるはずだ。」
「届いてない?」
「さあな。」
「…そっか。」
…跡部君もきっと嘘をついている。
私が必死で探してる姿がおもしろいんだ。
でも今はそんな事どうでもいい。
ここはテニスコートだよ?
他は手当たり次第探した…ここにない訳がないのに。
こ こ に な い な ら ど こ に あ る の ?
「それ、どうしても見つけなきゃならないもんなのかよ?」
「うん。当たり前でしょ。」
「また買えばいいじゃねーかよ、買ってやるぜ?俺が」
「いらない。替わりじゃだめなの。」
「………見つかる保証もねぇのに。」
「な、」
「バカみてーに探してねぇで、とっとと諦めろよ。」
「……跡部君もみんなと一緒だね、そうやっていじわるな事ばかり言う。」
「あ?俺は正直に述べただけだ。」
「無断でコートに入った事は謝るよ。跡部君にはもう聞かない。」
跡部君が冷たく笑った、悔しさで頭に血が昇りそうになった。
まぶたの裏が熱くなってじわじわと涙が出た。
馬鹿にされるのだけは嫌だったから顔を伏せた。
にじんだ緑のテニスコートが下にあった。
にじんでいるのはコートではなくて私の目だ。
確かに私の革靴は緑のコートから浮いていた。
腹が立ったから、履いていた革靴を脱いで思いっきりネットの方に投げてやった。
そしてすぐに方向転換をして逃げた、ネットに当たったかは判らないけど。
後ろで跡部君が絶対に怒ってるから、全力で裸足で逃げた。
自惚れてる訳じゃないけど、跡部君だけはそういうひどい事をいう人だとは思わなかった。
いじわるだ、みんな、跡部君も。
走ってる途中で石を踏んだ。
靴を履いていないとさすがに痛かった。
帰って靴下を見たら血がにじんでいた。
跡部君は追いかけては来なかったみたい。
…泣かすつもりはなかった。
少しきつく言いすぎた気もしなくはないが、俺は正直に言っただけだ。
大体なんだ?ネットに靴を投げる女がどこにいる?
部長の俺の前でよくもそんな事が出来たもんだ。
次の朝、自分で届けるのは癪だったから樺地に靴を届けさせた。
俺が悪い訳ではないが、返さないであのまま置いておくのも気分が悪かった。
見事に樺地は靴を持って申し訳なさそうに戻ってきた。
完全に嫌われたらしい…気分悪りぃ。
まぁ人に嫌われるのには慣れてるし、こうでもしなきゃコイツは…
……バカだ、バカ過ぎる。
誰か言ってやれよ、誰か…アイツは何してやがる。
……気分悪ぃ。
ない、ない、ない、ない、ない、ない
「おい、昨日も言ったはずだ。無断でコートに入るな。」
「………。」
「俺様を無視するとはいい度胸じゃねぇか。」
「…ちゃんと許可取ったよ。」
「誰にだよ?」
「榊先生。」
「…見え透いた嘘をつくな。」
「嘘じゃないよ、今日は雨降るから練習ないんでしょ。
あの氷帝が二日も練習サボって平気なの?
それより…ほら、靴も履いてないし、もうこれで文句ないでしょ?」
「………勝手にしろ。」
は昨日と同じようにしゃがみ込んでネットの辺りを探していた。
靴を脱ぎ裸足で。
昨日と違う靴がベンチの上に置いてあった。
今も俺の事なんて全く眼中にない。
監督が許可をしたとは到底思えないが…雨で練習がないのは事実だった。
跡部君は呆れたようにそう言った。
榊先生に許可取ったなんていうのは嘘だけど。
私には跡部君と違ってそんな権力は全くない。
その後は跡部君は何も言わなかった。
私が探しているのを隣で見ていた。
今日はジャージじゃなくて制服だから、もう帰るのかな。
きっとおもしろいんだ、私がこうやって探しているのが。
そんな事より、早く探さなきゃ…
「…跡部君こそ、もう帰りなよ。」
「別にお前を待ってる訳じゃねぇよ。」
「雨降るよ?レギュラーが風邪ひいたら大変だよ。」
「俺はんなヤワじゃねぇ。テメーこそさっさと帰れよ。」
「いやだよ、だって早くしなきゃ雨が降ってきちゃう。」
「バカか、降る前に帰れよ。」
「だめ、早く見つけなきゃ、雨が降ったら濡れちゃうじゃん…。」
「は?濡れんのが嫌だったら帰りゃいいだろ。」
「私じゃないよ、私の大切な物が濡れちゃうでしょ?」
何 か が 崩 れ る 音 が し た 。
「…なら、早く探せよ。仕方ねぇから、俺様が手伝ってやるよ。」
雨の匂いがした。
また嫌味を言われて泣きたくなるのかと思えば、跡部君が手伝ってくれると言った。
耳を疑った、だって、あ の 跡 部 君 が 。
靴を渡すのすら樺地君に頼む最低な人だと思ったのに。(樺地君には悪かったな)
跡部君は黙ったまま背を向けてコートの隅へ歩き出した。
やっぱり跡部君はいじわるを言う他の人とは違う。
雨の降る気配がした。
コイツはもう俺が何を言っても駄目だ、聞きやしない。
だからと言って、俺は一体、一緒になって何をしているんだ?
俺は自分のしている事がよく判らない。
ここはテニスコートだ。
一面が緑の中央にネットがあるだけの単純な作りのテニスコートだ。
試合中に自分の目に入るのは相手と黄色いボールだけだ。
何かが落ちていればすぐ判るし、そもそも私物をコートに持ちこむ奴がいる訳がない。
辺りを見渡しても何もありゃしない。
バカか、俺は。
「ありがとう。」
「さっさと探せよ。」
「うん、ごめんね、ひどいこと言って。」
「いいから探せ。」
「…うん。」
は少しだけ嬉しそうに笑った。
やつれてる気がするし、眼の下のクマが気になったけれど。
昨日の革靴を投げた事を少し思い出した。
思っていた通り、浮き沈みが激しいというか…なんというか。
自分の感情に素直、なんだろう…コイツはきっと。
…って誉め過ぎだろ。
なんて残酷なんだ、神は。
「ねぇ、次試合いつー?」
「関係ない話すんな、バカかテメーは。手を動かせ。」
「いいじゃん…ねえ、いつ?」
「……来週だったな、確か。」
「じゃあ見に行くよ。」
「あ?邪魔すんなよ。」
「邪魔じゃないよ、跡部君はシングルスワンってやつでしょ?」
「俺以外にやる奴いねぇだろ。」
「すごいねぇ…オーダーってやつでしょ?それってやっぱり部長が決めるの?」
「まぁな。俺と監督が。」
「今回のは出来た?」
「………今回は、まだ。」
「えー?だって来週でしょ?」
「一回作ったやつを作り直してんだよ、どっかのバカが抜けたせいで。」
「ふーん。事情はよく判らないけど、大変だね、部長は。」
「フン、俺様にはどうってことないけどな」
「じゃあ次の試合はさ」
「…いいから黙って早く探せよ」
「判ってるよ、なんで怒るの」
「怒ってねぇよ」
空から不吉な音がした、さっきよりも雨の匂いが濃くなった。
跡部君は私が無駄話をしていたから機嫌が悪くなってしまった。
そうだ、跡部君の言う通りだ、早く見つけなきゃ。
跡部君が手伝ってくれるって言うからちょっと気が抜けちゃったのかな。
なんか跡部君なら見つけてくれそうな気がしたんだ。
根拠はないけれど。
そうだ、無駄話をしている暇はない。
時間がどれだけ経ったかは判らない。
雨が、降りだした。
人を強く打ちつける、雨が。
人に残酷に突き刺さる運命のように。
残酷だ、人も雨も運命も何もかも。
コイツには残酷過ぎた、それだけのことだ。
それだけ、それだけの…
「おい、雨降ってきたぜ?」
「どうしよう…跡部君の言う通りだ、無駄話してたから…」
「帰んねぇのか?」
「帰れる訳ないじゃん!探すよ!」
「強くなる一方だ、もう帰れ。」
「いやだよ、もう無駄話しないから…もう少し、ね?」
「そう言う問題じゃねぇよ。」
「じゃあ跡部君は帰っていいよ、試合近いんでしょ?」
「お前残して帰れる訳ねぇだろ。」
「いいから、もういいよ、帰って…。」
私は忠告を聞かずに探しつづけた。
跡部君は私が帰ってと言ったにも関わらず、帰らなかった。
雨が強い…コートに音を立てて打ちつけられている。
一瞬にして強い雨でびしょ濡れになった。
制服が肌に張り付いて気持ちが悪かった。
髪の毛が顔に張り付いて雨が顔に垂れた。
跡部君もびしょ濡れだ、試合前なのに…
でもほら、こうしている間にも、私の大切なものが、
私の大切なものが、濡れて冷たくなっていく…
どうして見つからないの、こんなにも探しているのに
跡部君だって手伝ってくれてるのに、ね ぇ ど こ に あ る の
は何を言っても帰ろうとしなかった。
俺を睨み付けるその瞳が、瞳の奥が震えていた。
制服も髪もびしょ濡れで、手だって震えている。
それなのに帰ろうとはしなかった。
大切なもの、
それのためなのか、何もかも。
俺が言っても聞かないのは十分判っている。
バカだ、
どうしてコイツはこうもバカなんだ…
酷 過 ぎ る 。
「……帰るぞ」
「嫌!!!ちょっと!手、離してよ!!」
「お前びしょ濡れじゃねぇかよ、もう見つかんねぇよ!」
「見つかるよ!!手伝ってくれるって言ったじゃん!なんで今更そんな事言うの!」
「これだけ探したんだ、もうねぇよ!諦めろ!」
「諦められる訳ないじゃん!離してよ!!」
「いいから来いよ!!!」
の手を引っ張って走り出した。
ここまできたら力ずくで止めるしか方法はない。
は手を振り解こうと必死で抵抗していた。
裸足の足を必死で地面につけて動こうとしなかった。
離せと声にならない声を何度もあげていた。
手が震えていた、冷たかった。
その冷たい弱った体を引くのは簡単だった。
抵抗していたが、俺は無理やり手を引きコートから連れ出そうとした。
俺 は 卑 怯 な の か も し れ な い 。
「離してって言ってるでしょ!!!!!!」
その瞬間、右手に痛みが走った。
何が起きたか初めは判らなかった、が反対の手で俺の手に爪を立てた。
油断した、少しだけ握る手の力を緩めてしまった。
その隙を見て、は俺の手を払いのけて元の場所へと戻ろうとした。
が、力が抜けたのか少し走って、濡れた地面に倒れるようにしゃがみ込んだ。
どれだけ力を込めたのか、俺の右手に爪四本分の赤い跡がついた。
コイツ女だろ?
やつれて雨に濡れて体力ももうねぇくせに、どこにこんな力が残ってんだよ。
今になってジンジンと手の痛みが伝わった、早まる心臓の音が聞こえた。
こんなもんじゃない、きっと…コイツの痛みは。
…もう力が出ない、
こんなにも探したのに、
跡部君がいじわるで言ってるんじゃないのは判ってるよ、
テニスをする大事な手を傷つけてごめんないさい…
でも私は、早く見つけなきゃならないんだ、
早く、
そうだ、前みたく、また、
あれ?
私 の 探 し て い る も の っ て 何 だ ?
あんなにも大切だった、もの
どこを探しても見つからない
あれ、さっきまで探してた、ほらあれだよ、
「おい、顔上げろよ。」
「………。」
「起きろ。」
は座り込んみ地面に両手をついたままだった。
髪から雨が流れ落ちて地面に落ちた。
コンクリートで整備されたテニスコートは雨水を弾き、水溜りを作っている。
水溜りは雨が落ちる度にその水面に小さな弧を描く。
は俺の声に反応して、顔をゆっくりを上げた。
まるで雨がコイツをめがけて、コイツの周りだけに降っているようにさえ見えた。
頭がぼんやりとする中で、跡部君の声が遠くに聞こえた気がした。
顔を伏せたまま前を見ると水溜りと跡部君の足が見えた。
今気づいたけれど、跡部君は革靴を履いていた。
あれだけ私にうるさく言ってたくせに…
どうせ「俺様は特別なんだよ」とか言うんだ、そうに決まってる。
顔を上げると酸性の雨が目の中に入ってきて、痛かった。
落ちてくる大粒の雨は真珠とか雪のように見えてキレイだった。
目を凝らすと目の前に跡部君が立っているのが見えた。
頬に流れる雨のせいで跡部君が泣いているように見えたから少しびっくりした。
「……ねぇ、どうして見つからないのかなぁ。」
「……それはお前が、よく判ってんだろ。」
「わかんないよ」
「…今、お前が爪を立てた俺の手、」
「ごめん…だって跡部君が離してくれないから仕」
「血、出てんだろ。」
「ほんとにごめん!だって早く探さなきゃならなかっ」
「怒ってんじゃねぇよ……これが生きてるって事なんだよ。」
「………何言っ」
「お前も生きてんだろ?」
「当たり前でしょ?何が言」
「…死んだ人間はもう帰って来ねぇんだよ。」
雨の音だけが、空しくコートに響いた。
「何…?よくワカンナイ」
「判ってんだろ、アイツはこの前死んだ。」
「冗談、でしょ、跡部君らしくないよ」
「どうして俺がこんな冗談言わなきゃならねぇんだよ…
さっき言っただろ、アイツが抜けたせいで全てオーダー作り直しだって。」
「抜けた?なんで?だって正レギュラーだったじゃん?ねぇ、辞めちゃったの…?」
「バカか…辞めたんじゃねぇよ…。」
「じゃあ、あれだ、アレでしょ、試合に負けたらレギュラー落ちってやつ、
厳しいもんね、氷帝テニス部は。そうだよね、全国行くようなすごい学」
「……もう、いいだろ、俺だって辛ぇんだよ。」
地面に倒れこむを目の前にして、自分も力が抜けたかのように座り込んだ。。
強く降り注ぐ雨の音だけが、空しく響いていた。
俺はゆっくりとに片手を伸ばそうとした。
しかし心のどこかにためらいがあり、腕に力を入れてやめた。
コイツの探してるモノ…探している奴は、数日前に事故で死んだ。
俺はあの日の事を昨日の事のように覚えている。
は部活の最中に俺の所に来て、アイツはどこにいるのかとたずねた。
俺はアイツに口止めをされていて、今日は見ていないと嘘を言った。
アイツは用があると言って部活を休んでいた。
丁度、その日だった。
俺も部の代表で同じレギュラーの奴と監督と一緒に式に行った。
アイツがあんな形でレギュラーから落ちるとは思ってもいなかった。
部長の俺が欠席を許さなかったら、無理に部活に出していたら…と思った。
キリがなかった…俺だって認めたくはない。
だけど、もうこれ以上あの日のようにに嘘はつきたくなかった。
俺はまたゆっくりと手を伸ばし、今度はためらいもなくを自分の方へ抱き寄せた。
また抵抗されるかと思ったが、は力もなく俺に倒れこんだ。
震えるその体は冷たかった…体の芯まで。
冷たい体の奥から鼓動が伝わってきた。
卑怯だと思った、だけど後悔はなかった。
もしどこかで見ているのなら、許して…欲しい。
「あの日…私の誕生日だったんだよ。」
「…そういや、忘れてたとか朝から騒いでたからな。」
「ハハ…ひどいよね。誕生日忘れるなんて。」
「バカだから仕方ねぇよ。」
「本当にバカだよね、もしかして部活休んで買いに行ったのかな…?」
「違げぇよ、自惚れんなバーカ。」
「自惚れ?そう聞こえた?」
「さあな。試合近いのにな…アイツも偉くなったもんだぜ。」
「部長に似たんだよ。アハハ…ハハ…」
少し上から聞こえる跡部君の声はいつもより優しく感じた。
まぶたと心臓の裏側が熱くなった。
また、昨日みたく泣いてしまうかもしれない。
もう泣いているのかな…バカにされちゃうかも、ね。
跡部君は雨に濡れて死んだ人のように冷たかった。
ようやく最後に触れたあの人の事を明確に思い出した。
私は判っていたの?それとも認めたくなかったの?
そうだ、あの人はもういないんだ…帰ってこない。
さっき私が傷つけた所の血が赤く滲んで、跡部君のワイシャツの所々が赤くなっていた。
私のワイシャツにも少しだけ血がついていた。
ファンの女の子達に跡部様の手に傷をつけたなんて知られたら…私はリンチされるだろうな。
跡部君の心臓の音がした。
ゆっくりと、力強く、その一回を刻んでいた。
跡 部 君 は と て も 暖 か か っ た 。
雨はまだ強く降り注いでいる。
話し声が雨の音にかき消されてだんだんと消えていった。
はもうこれ以上何も言わなかった。
嗚咽を必死で飲み込もうとしていた。
声にならない声が、呼吸が、俺の奥に響いては共鳴した。
頬を伝う水は、雨か涙かは俺には判らなかった。
震える体はこれ以上強く力を入れたら、きっと壊れてしまう。
痛かったかもしれない、苦しかったかもしれない。
自分の手で壊したくなる衝動を、必死で押し殺した。
雨が俺との間に流れた。
腕にまた力を入れて引き寄せる。
奥から響く鼓動が更に強く響いた。
今は雨であろうと、邪魔されたくはなかった。
それより、これ以上コイツが雨に濡れるのだけが許せなかった。
あやすようになでるように、濡れないように全身で抱きしめた。
このまま眠りについて、目覚めたらこの残酷な運命が全て夢であるようにと、何度も祈った。
雨は、まだしばらく止みそうにない。
バーカ、のん気に降ってる暇があるなら
雨上がりの虹をどうか君に…
END
自分でもよく判らないです。
死ネタとか苦手な方ごめんなさい。
流れや設定上、初めから「人が死にます」みたいに明記するのが嫌で。
元は本館のサイトのネタだったんで、なんだかテーマが重くなってしまい…
だから「アイツ」が誰なのかは見ている人の想像にお任せします。
跡部がなんだかよく判らない人でらしくなくてごめんなさい。
こんなん跡部じゃなーいとか言わないで…ネv?(笑)
まぁ少女漫画ならこれで結ばれちゃうのがいいっぽいけど、あえてそれはナシの方向で。
跡部もそれは判ってるし、「私」も判ってる。
そんな感じ。